夜、心を鎮める本

夜、心を鎮める本

モヤモヤした気持ちをスッキリに。

歳を重ねると、「なぜ自分が日本に生まれたのだろう?」とか「日本とは何か?」「日本人とは何か?」など途方もないことが気になりだしたりしませんか

 

「日本文学史序説」加藤周一

 

学生の時、加藤先生の「雑種文化」を読み衝撃と興奮を受けて以来、加藤先生のその思想は私の道標となっています。加藤先生の大作「日本文学史序説」は「各時代の日本人は、抽象的な思弁哲学の中でよりも主として具体的な文学作品の中でその思想を表現してきた」という先生の主張の中、日本書紀、古事記、十七条の憲法、万葉集などから始まり、戦後まで文学的な側面から日本、日本人を論じる壮大な作品です。「知の巨人」とも言われる加藤先生の著作群の中でもかなりの大作なのでなかなか手が出ずじまいでしたが、歳を重ねての最近の途方もない悩みを解決するべくこの本に取り組み始めました。

やっぱり先生は私に衝撃と興奮を与えてくれました。

「日本の文学的表現形式は、次の時代に受け継がれ、新しい形式により置き換えられることはなかった。新旧が交代するのではなく、新が旧に付け加えられる。」

日本文化を雑種文化と看破した先生の思想がここにも表現され、文学という具体例で解き明かされていきます。

私はこの人吉球磨は日本の縮図だと感じています。例えば当店が隣接する新宮禅寺に鎮座するのは六観音像です。禅宗であれば、お釈迦様を祀るのが通例ですが、密教系の六観音を四百年以上にわたり大事にしていた。新宮禅寺は密教系から途中禅宗に転派した歴史もあるのですが、ここでも「新旧」の混在が見られます。

日本の仏教は大乗仏教です。名前の通り、すべての命あるものすべて救わんとする、私は心底心意気の高い哲学思想だと感じています。それが日本人の根っこの部分とシンクロし続けているからこそ、ここまで仏教が生き続けているのではないか?と感じています。日本3禅宗が熊本県内はもとより、鹿児島、宮崎を含めてもこの人吉球磨地域にしか存在しないことはその根っこ、日本の姿を表している地域だと思うのです。

 

 

店主

 

 

モヤモヤした気持ちをスッキリに。
今朝の一服

今朝の一服

紫陽花を愛でる

今朝の一服。

紫陽花を愛でながらの贅沢な時間でした。

 

抹茶:球磨禅心抹茶(球磨郡相良村 信國製茶)

器:犬童又郎(人吉市)

夜、心を鎮める本

夜、心を鎮める本

禅とは自由。夜、心の扉を開く。

「月夜とめがね」

作:小川未明 絵:高橋和枝 出版:あすなろ書房

 

子供がまだ小さいので、この5年ほど、様々な絵本を読み聞かせしています。

その中でも、群を抜いての傑作です。

読み聞かせながら、

こんな素敵で、心優しくなれる物語があったんだと驚きでもありました。

幻想的で優しい絵は、物語をさらに優しくしてくれます。

 

月がきれいな春の夜に、おばあさんに訪れる奇跡の物語です。

今の季節にぴったりな、心を鎮めてくれる本。

きっとよく眠れるはず。

春、朝の一服

春、朝の一服

朝、心を整える。

 

当店が借景にさせてもらっている新宮禅寺。今の時期は、檀家のみなさんで、相良三十三観音一斉開帳の準備をなさっています。

春の風物詩である、開帳は3月21日(木曜日・祝)です。

 

春の訪れを感じながら、朝一服。

 

 

抹茶:球磨禅心抹茶(球磨郡相良村産)

器 :加地学氏

 

 

夜、心を鎮める本

夜、心を鎮める本

禅とは自由。夜、心の扉を開く。

「銀河鉄道の夜」

 

原作 宮沢賢治 影絵と文 藤城清治

 

子供の時、宮沢賢治の世界が良くわかりませんでした。

大人になり、少しづつ宮沢の人生を知るようになり、その深い世界がわかるようになりました。

あまり知られていませんが、宮沢は法華経の厚い信仰者でした。

法華経の影響を多大に受け、世の中が良くならないと個人の幸せはないという彼の信念がこのストーリーの根幹です。

その切実な思いが、表現としての影絵にぴったりと重なり、

このストーリの美しさをひときわ輝かせていると思います。

 

 

冬の星が美しい夜に。

 

 

朝の読書会

朝の読書会

3年も続けています。

毎月第3土曜日開催している 坐禅会(新宮禅寺)。

実は、その後、読書会を行なっています。

3年続けているものです。

職種、立場も異なるメンバーで課題図書を読み、感想を述べ合うだけの会。

それでも参加者には好評。

 

現在は「七つの習慣」を読んでいます。

他人をコントロールできやしない。自分をコントロールできるのは、自分自身しかいない。

禅にも通じるアプローチだなと最近思います。

 

夜、心を鎮める本。

夜、心を鎮める本。

禅とは自由。夜、心の扉を開く。

「点滴ポール 生き抜くという旗印」

岩崎航・作 斎藤陽道・写真 ナナロク社

 

 

落ちゆく涙

生きると

決めた

その瞬間(とき)を

盾に 砦に

 

 

進行性筋ジストロフィーと闘いながら五行歌を創り続ける著者。

短歌という形式が凄まじい彼の日々を明確に映し出してくれます。

 

読者はきっと五行歌を通じて彼と対峙しなければならない”覚悟”を求められるはずです。

 

 

吐くものがないのに

吐いている

吐き地獄

これが宿業なら

吐き切れ

 

彼はきっと禅の修行者と同じ”求道者”だと思うのです。

世の中の業に自分の体を差し出して、悟りを求められている。

そして、その凄まじい体験を通じて、

何かを私たちに示してくれている、

そんな気がします。

 

 

 

 

禅とは何か?仏とは何者なのか?

禅とは何か?仏とは何者なのか?

和尚との対話 新宮禅寺第13代住職圓光裕氏②

当店店主が人吉・球磨の僧侶たちを訪ね禅とは何か?仏教とは何か?を考えるシリーズです。

当店に隣接する 新宮禅寺第13代圓光裕(つぶら こうゆう)氏との対話の第2回目。

 

T=圓住職 S=佐藤

 

 

S:興味本位何ですけど、気がついたら「仏の人生」ってどんな感じだったのですか?物心ついたら「お寺に住んでいる」という感覚は?

 

T:先々代、圓月曻というもので、祖父なんですけど、小さい時から共に寝て暮らして全て教えてもらいました。小学生くらいには、お寺の仕事ほぼ全てできるようになっていました。お経もその時すでに唱えられましたから。

 

S:小学生ですでにお経!?。凄いな。その祖父さまはやっぱり厳しいお方でした?

 

T:いや、全く。一度も怒られたことなかったですし。父が厳しかったですね。

ただ、今振り返ると、父は少し悔しかったのかも知れません。

 

S:悔しい?

 

T:父は学校の先生が生業でした。大学は駒沢大学で仏教を学びましたが、祖父からほとんど教えてもらってないようです。その代わり私がマンツーマンで祖父から教わり、小さき時にすでにお経など含め知識的には父を超えてましたから(笑)

 

圓住職は黄檗宗の本山である京都・萬福寺で修行され、祖父、父が亡くなられて13代目として新宮禅寺住職をスタートされました。

 

苦しみの原因は何か?

 

S:今回、この企画を考え、原稿内容を精査してほしいとお願いしたとき

住職から「それは、佐藤君の考え、解釈でいいんじゃない」と言われたのが印象的でした

 

T:禅に対しても、黄檗宗に対しても、いろんな考え、解釈があっていいと思う。

自由に解釈できないことが苦しみの原因の一つだと思うから。

幸せの定義も人それぞれでいいんじゃないか。お金、家族、いろんなところに幸せを求める人がいてもいいんじゃないかな。

 

S 最近勉強したんですけど、禅における「意」とは、現代で使っている「意」とは少し違いますよね

 

 

T:そうです。仏教語、禅語としての、「如意」とは、意の如く、つまり思い通りになるといいますか、我欲のままになるのでなく、この時の「意」とは、自分と他人の境界を超えた、森羅万象に通じる仏の心を指しています。つまり美しい仏の心のままになるということを意味しています。

 

S:自他を超えた境界のない心?

 

T:難しい解釈だけど、仏の心とは、智慧と慈悲があり、それは認許とも言い換えることができます。自分とは違う価値観を認め、自分と一つにする、ある意味

自分を空(から)にすることです。

 

S:先ほど住職が言われた、いろんな解釈があっていいというところにつながるんですね。ボーダレスの心か・・・

 

自分と他人の境をなくす心。正直かなり難易度が高い気がしました。理想であるけど、実際実現可能なのか?ただ、それが実現した時、そんな人が増えたら間違いなく世の中はいい方向へ向かうんだろうなという直感はありました。ブッダは悟りを開いたと言います。悟りを開いた後、その教えを広めようとしたとすれば、その時、私と同じ感想、理想だけど実現可能なのか?と感想を持った人がたくさんいたと思います。ただ、目の前に、それを実現した人=ブッダがいたからこそその教えは広がったのでしょうか?

 

朝、心を整える 

朝、心を整える 

球磨禅心抹茶、心を落ちつかせる。

仕事で心が騒つく。

 

自分なりの点て方で、好きなように楽しんでみる。

 

何か囚われている自分に気づく。

 

器:久保田真土(人吉市)

抹茶:球磨禅心抹茶

 

本日(20日土曜日)、午後3時昼坐禅会です。

本日(20日土曜日)、午後3時昼坐禅会です。

毎月第3土曜日 定例の坐禅会

 

 

本日朝坐禅会。11名のご参加でした。

お寺の猫が迎えてくれました。

 

本日午後3時より

新宮禅寺にて

昼坐禅会です。

参加無料、予約不要です。

お待ち申し上げております。

 

店主

毎月第3土曜日 定例の坐禅会