新宮禅寺

創建600年、古刹。新宮禅寺。日本最南端黄檗宗寺院。

日本三大禅宗の1つである黄檗宗。黄檗宗寺院は、熊本県でもこの人吉球磨にしか存在しません。沖縄、鹿児島、宮崎においても、ここにしか存在しないのです。

(境内の樹齢500年の銀杏の木)

600年の森が四季折々の表情を見せてくれます。

地元では特に秋の紅葉が有名です。

圧倒的な紅葉が人々を迎えてくれます。

 

 

 

 

新宮禅寺正門(219号線沿い)に堂々と居座る

ここでしか見れない黄檗宗独特のモチーフたち。

聖獣・魔伽羅(まから)

聖域結界の象徴であり、魔物から守ってくれると言われています。

モデルは、ガンジス川流域に生息している鰐(ワニ)。実は、日本の屋根にいる鯱鉾は、この魔伽羅がインドから中国に渡り変化した姿。13世紀ごろ、禅宗が日本に渡ると同じ時期に、寺に用いられたそうです。

 

開梛(かいぱん)。

別名魚梆(ぎょほう)とも言われます。

木魚の原型である。叩いて時を知らせる道具。

なぜ魚なのか?魚は目をつぶらない、つまり不眠不休で修行せよという意味。また鱗は108枚、つまり煩悩を表しています。口から吐き出しているのは「あぶく」と呼ばれる煩悩を吐き出している姿です。

 

新宮禅寺六観音像

新宮禅寺の奥に鎮座する「六観音」。このお寺最大の魅力です。人吉球磨最大の風物詩・相良三十三観音めぐりにおける三十二番札でもあります。

 

相良家18代相良義陽の命により作られました。普通ならば一気に6体作るところを、1つの仏像を作るのに10年の歳月をかけて、完成まで50年をかけています。

50年という歳月を解くヒントは、時代にあると思います。制作を命じた18代義陽の時代は戦国時代。相良義陽と織田信長はほぼ同時代を生きました。戦国武将・信長を語る上でも有名な幸若舞の一節「人間50年、下天の内をくらぶれば、夢幻のごとくなり、一度生を受け滅せぬ者あるべきか」。意味は下天という四天王が住む世界は1日が50年という単位。人の命なぞ下天に比べれば夢、幻のようなも。生を受けても必ず死ぬのだ。という意味です。この50年と六観音を作り上げた時間の50年、戦国武将相良義陽のメッセージがあるような気がしてならないのです。