和尚コラム ー話すことは放すことー

和尚コラム ー話すことは放すことー

当店で「和尚さんcafe(相談会)」をされている 曹洞宗 神照寺 岩崎和尚のコラム

『 そしゃく (咀嚼) 』

がん患者のVさん(40代)のお話。

胃がんになったVさんは、胃を全部摘出されました。

*和尚さんカフェコラムの承諾を得ましたのでここに紹介します。

 

和尚:胃が無くなるとどうなると?

Vさん:・・・うんとね、個人差はあるけど、時間はかかるけど、通常どおりの食事が出来るようになるかな・・。私は胃が無いから、食道を通って直接、小腸に落ちるの。身体に必要な栄養を吸収するのが小腸。フツウ、口から飲み込んで運ばれてくる食べ物は、胃で消化され、小腸に到達する頃には、吸収するのに適した状態になっているだけど、ここまでは大体想像つく?

 

和尚:う、うん、それくらいなら。

Vさん: OK。逆に言うと、その小腸で栄養を吸収するために、胃で消化してるの。

そこで胃のない私は、これを咀嚼「噛むこと」によって小腸を助けるの、補うのね。

 

例えば、飲み物は「咀嚼」という行為は行わずにそのまま飲み込んでいる。

食べ物については、胃が消化活動をするとはいえ、口で噛んで、「咀嚼」することによって、ある程度の大きさにしてから飲み込んでいる思うのね、多くの人が。

この行為を無意識に繰り返し、口から喉、喉から食道、食道から胃、胃から栄養を吸収する小腸へと食べ物を運ぶ過程を通して栄養は体内に吸収され、身体は造られています。

 

和尚:その口調だと、なんかの先生みたいだね。

Vさん:まぁね、こう見えても教育学部卒業したからね、でも結局先生になってないけど。

専門じゃないから、医学的なお話は省略するとして・・。

私は、栄養を吸収するために、身体を造るために、時間をかけて「咀嚼」をしてるの。少し大袈裟に言うと胃の消化活動分の「咀嚼」を口でしてるの。

フツウの人が一口3~5回のところ300回、30秒かけるところを最低でも5分噛み続けるの。

 

和尚:味わってるってこと?

Vさん: ・・・相変わらず甘いわね。

味が無くなっても続けるの、ただただ続けるしかないの。

小腸への負担を考え、十分な咀嚼をしないと、飲み込めない。たとえ飲み込むことができても吐き出しちゃうの。そもそも、噛み切れない、噛み砕けない繊維や小骨などは吐き出してしまうし。自分でコントロールできればいいけど、そうもいかないのが実状ってところ。よっぽどのことがない限り、外出先での食事は控えているのが現状。

 

和尚:食事の時間をどう捉えてる?

Vさん:そうね~食事というのは栄養摂取だけではなく、楽しむ時間であって欲しいって思ってる。だけど今の私にとっての食事は、ほぼ「咀嚼」の時間でしかないの。

 それからが後が更に大変なの。

「咀嚼」して飲み込んで一件落着ではなく、その後の吸収までの時間、予測できない生理現象に見舞われることもあるし・・・。とにかく気が抜けない感じ。

 

和尚:咀嚼ってズバリどんな感じ?
Vさん:だるい、長いって感じ。

フツウ一日朝昼晩3回の食事を一日かけて何回にもわたって小分けにして食べるようにしてrの。好むと好まざるにかかわらず食べれるときに食べるようにしてる感じ。
キャラメル一個でも常に口の中に入れてる。ていうか、入れるように心がけてるって感じかな。
同じ一日の中で体調次第、同じもの食べても吐き出すことなんてザラにあるしね。

和尚:体調しだいなんだね。

Vさん:咀嚼はね~飲み込むのが本当に・・・「怖い。」

だから納得するまで噛んで噛んでって感じ。

“口の中がミキサー”
フツウだと(食材を)味わったり、歯ごたえを感じたりすると思うけど
歯ごたえを越えたその先まで噛み砕くって感じ。

幼いころ、「牛乳は噛んで飲め」て言われたでしょ、こないだそのことを思い出した。
蕎麦ってのどごしで味わうって言うでしょ、それとはちょっと違うけどね。

和尚:牛乳噛んで飲めっていわれてたな~

Vさん:病院で「退院指導」というのがあるんだけど

“モノがオチル”という表現をその時に初めて聴いた。
食道から、そこにあるべき胃がないから、そのまま小腸に直接食べたものが落ちるの

それを「待つ」ってことなの。
口の中で噛みながら、待って・待って・・待って、食べるのが落ちるのを待つ感じ。

こっちとしても楽に落としたいからね。

 

和尚:楽に落としたい?!

Vさん:胃が無い人や咀嚼が弱い高齢者のために離乳食みたいなモノが流通しているのね。

例えば、基はハンバーグなんだけど、加工してスープ状態のハンバーグになってるの。

試してみたけどやっぱりマズイのね、それが。

噛む作業は「楽」になるけど美味しくないのね、やっぱ。

ちゃんと匂いも栄養もカロリーもあるけど、生理的に受けつけない。
だったら、自分で調理して“これは○○だと”モノを目で確認して頭で認識してから

自分の手でミキサー機にかけてペースト状態にして、更に口でこれでもかと噛んで噛んでミキサーして食べるようにしたのね。

結局、私はそっちを選んだ。

 

ないだ私、《駅ビルで》豆腐とかポテサラ食べてたの。

最後には、ざる蕎麦も食べてみたの。

一応、食べたいと思ったものは食べるようにしてるの。

当たり外れもかなりあるけどね、思った時は。

 

それでね、逆に私のオススメ料理もあるの。

子ども、乳幼児にお粥をミキサーして食べさせなかった?
それに似てるんだけどパンをミキサーかけてミルクで煮て食べるの。

それが美味しくて。

更にちょっとお洒落してオリーブオイルかけると更に美味しいの。

 

和尚:それって「お洒落」って言うと?
Vさん:いいじゃん、お洒落して。

想像以上に咀嚼は大変なんだかんね。

どんだけ噛んで咀嚼しても飲み込めないものは吐き出すし

味わって味わって飲み込めるんだったらハッピーだけど

私には、味わう余裕がないというか

私のは、生きるための咀嚼だかんね。

 

つづく

 

***************

 

「咀嚼」という観点で見ると、食べることと考えることは似ています。

何か問題が生じた時、考えて(咀嚼して)、実行して(飲み込んで)、解決へ導きます(消化する)。但し、ここまででは解決(吸収)はできていません。 飲み込んだ物すべてがスムーズに小腸で吸収されないように、考えた末に実行した後、消化不良を起こすかもしれないし、良い悪いは別として予期せぬことが起こるかもしれません。

 

 この各過程の中で、唯一自分でコントロールできるのが最初に考えること、つまり「咀嚼」です。時間をかけて「咀嚼」すれば、食べ物は吸収に適した状態になるように、物事も時間をかけて考えれば、最適な解決方法が見つかる可能性は広がります。

「楽」を選んだ場合、また話は変わってきますが。。。

 

昨今、結果や結論を急いで求めがちですが、ひとつのことに向き合って、考えるということはとても大切です。時間をかけた「咀嚼」で、消化吸収を助けるように、時間をかけて考えることは、解決方法を導くことを助けます。そしてまた、物事は多面的です。時間をかけて考えることで、解決方法以外のプラスの発見があるかもしれません。Vさんの「咀嚼」も、時間ばかりを費やし聴いていても顎が疲れるような話ですが、時間をかける「咀嚼」によって、脳の活性化や、顎の筋力向上などプラスの面もあり、そのことをVさんは知っています。 Vさんにとってはひとつの治療法にもあたる「咀嚼」。今ではその「咀嚼」にも慣れ、時間とともに食べられる物も増えているとのことです。

 

これから食事をする時、少し噛む回数を増やしてみてください 。

時間をかけて作られたお料理が美味しいように、時間をかけて味わった方がより美味しいかもしれません。何かを考える時、いつもより時間をかけて考えてみてください。その場しのぎで急いで出す結論よりも、自分に納得のいく結論が見つけられるかもしれません。

 

急がば回れ、急いては事を仕損じる。

合掌

 

 

余談:「噛む」という言葉ひとつをとっても、多くの意味があります。ギアが噛む(歯車がぴたりと合わさる様子)、事件に噛む(事件などに関係を持つ)、台詞を噛む(言い間違える)など。