大切な今日1日を、気持ちよく過ごせましたか?

 

上司に些細なことで怒鳴られたり、
子供を感情に任せて怒鳴ってしまったり、

 

過ぎてしまったことをまた思い出してイライラしたり、
将来の自分に不安を覚えたり・・・・・

 

一方、自分たちの生活を見てみると、IT社会になっています。

 

便利な反面、毎日、毎日、シャワーのように、悲しいニュース、不安を煽るニュースが降り注いでいます。

「負の感情」は決して悪いものでありません。ただ必要以上に持ち続けると、あなたを「不機嫌な海の底」へ引きずり込んでいきます。

 

 

当店に隣接する新宮禅寺。創建600年以上の歴史ある古刹。日本三大禅宗の1つ黄檗宗派の禅寺です。

 

第13代住職 圓(つぶら)住職は黄檗宗の真髄を教えてくれました。

 

 

唯心の浄土、己身の弥陀 (ゆいしんのじょうど、おのれみのみだ)

この世は全て自分の心が起こした仮の姿。本当の自分は自分の心の中にいる。

 

心の中にいる本当の自分を仏性(ぶっしょう)と言うそうです。

 

新宮禅寺住職はさらに教えてくれました。

 

 

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仏性とは、優しい、思いやりのある、澄み切った心である、

そして、仏性は誰しも生まれながらに持っている、と。

人は知らず知らずに自ら仏性を汚していくのです。

怒り、不安、妬み、恨み、悲しみ・・・・・それが仏性を汚していきます。

 

 

 

禅には特定の経典がありません。

普段のライフスタイルで悟りを開かんとする宗派だからです。

普段の生活の中に偉大さが隠されていると考える宗派です。

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禅は、普段の生活をどう送れば本来の自分を見つけられるかを教えてくれます。

 

 

好きな花を自分で好きなように活けてみる。

 

丁寧にお茶を淹れてみる。

 

嫌いな上司に自ら「おはようございます」と声をかけてみる・・・・

 

普段の生活にこそ、偉大さが隠されています。

 

禅は普段の生活そのものです。

 

 

 

ここ、人吉球磨は、日本三大禅宗が南九州(熊本県、鹿児島県、宮崎県)で唯一存在する地域です。

 

他の地域で禅が廃れていく中で、脈々と禅が受け継がれてきました。

 

 

人吉球磨が禅に最適な環境だったからに他なりません。

 

私たちは、人吉球磨の良さを、禅を切り口に伝えたい。

人吉球磨に来てもらえれば、禅の真髄に触れることができる。

 

 

そして、もっと軽やかな、風のような、素晴らしい日々を送れる。

 

 

そう信じて。

 

 

球磨禅心生活KUMA ZEN STYLE 店主

 

禅心茶と聴きたい音楽

2017年8月25日

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As praias desertas (誰もいない海辺)
        

CASA  Morelenbaum2/Sakamoto

 

 

私が15年以上聴き続けても飽きないボサノヴァ・アルバム「CASA」。

アルバムの1曲目。イントロのピアノから心を持って行かれる。

アントニオ・カルロス・ジョビンの名曲たちを、ピアノとチェロとヴォーカルのシンプルな編成でカバー。凜としたヴォーカル、チェロが奏でる旋律の美しさ、そしてそれらを支えるピアノの静かな力強さ。シンプルな編成だからこそ伝わる音楽。

自然溢れるジョビンの自宅で録音したこの曲は、よーく聞くと後半差し掛かるあたりで小鳥のさえずりが聴こえる。

夕暮れ時ベッドで横たわりながら聴くと、全てを流してくれ、そのまま自分も溶けていきそうなほどの心地良さ。禅心茶と聴いて欲しい1曲。

 

(店主)

 

 

 

 

誰もいない海辺が続いてる
二人を待ってる
二人が引き寄せられる時を
砂と戯れる海が
ずっと呼んでる
行かなくてはいけないだろうか
外で唸る風
誰も足を踏み入れない森
万物が囁く もう嘘はつけない

なぜなら この人生では
何もかもが 抗うことなどできないから

僕はあなたに惹かれ
君が僕に惹かれていることも

誰もいない海辺が続いてる
二人を待ってる

As praias desertas continuam  Esperando por nós dois

A este encontro eu não devo faltar

O mar que brinca na areia Está sempre a chamar

Agora eu sei que não posso faltar O vento que venta lá fora

O mato onde não vai ninguém Tudo me diz

Não podes mais fingir

Porque tudo na vida há de ser sempre assim Se eu gosto de você

E você gosta de mim As praias desertas continuam

Esperando por nós dois

 

 

 

 

 

 

禅心茶と読みたい本

 

 

「世界はうつくしいと」

        長田弘

 

 

 

「寛ぎ」のために作られた詩集。

 

 

シンプルで、美しく、そして優しい言葉たちは、汚れてしまった心を流してくれる。

 

 

禅心茶とともに、読みたい本。

 

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「世界はうつくしいと」

うつくしいものの話をしよう。

いつからだろう。ふと気がつくと、

うつくしいということばを、ためらわず

口にすることを、誰もしなくなった。

そうしてわたしたちの会話は貧しくなった。

うつくしいものをうつくしいと言おう。

 

風の匂いはうつくしいと。渓谷の

石を伝わってゆく流れはうつくしいと。

午後の草に落ちている雲の影はうつくしいと。

遠くの低い山並みの静けさはうつくしいと。

きらめく川辺の光はうつくしいと。

おおきな樹のある街の通りはうつくしいと。

行き交いの、なにげない挨拶はうつくしいと。

花々があって、奥行きのある路地はうつくしいと。

雨の日の、家々の屋根の色はうつくしいと。

太い枝を空いっぱいにひろげる

晩秋の古寺の、大銀杏はうつくしいと。

冬がくるまえの、曇り日の、

南天の、小さな朱い実はうつくしいと。

コムラサキの、実のむらさきはうつくしいと。

過ぎてゆく季節はうつくしいと。

さらりと老いてゆく人の姿はうつくしいと。

一体、ニュースと呼ばれる日々の破片が、

わたしたちの歴史というようなものだろうか。

あざやかな毎日こそ、わたしたちの価値だ。

うつくしいものをうつくしいと言おう。

幼い猫とあそぶ一刻はうつくしいと。

シュロの枝を燃やして、灰にして、撒く。

何ひとつ永遠なんてなく、いつか

すべて塵にかえるのだから、世界はうつくしいと。

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